みんなのお役に立ててた?の意味

もう随分前の話ですが、時々思い出すこと。

 

母が亡くなった後、たしか3周忌かなにかの際に叔母のむっちゃんと移動のタクシーで隣に座った時、「姉ちゃん(母のこと)が亡くなる前、最後にお見舞に行ったときに「私、みんなのお役に立ててた?」って言ってたのよ。最後までそんなこと考えていたんだね・・」ってそんな話を不意に思い出したように言われまして。

 

もちろん、涙してしまいました。

 

とても大事なこの話、むっちゃんとタクシーに一緒に乗らなかったら、私は知ることもなかったかも。

てか、もっと早く知りたかったよー。

 

その話を教えてもらった時は「昔(昭和6年生まれ)の8人兄弟の長女で、責任感も強かったからずっとみんなの為に、、」って思って生きてきたのかな、と解釈したんですが、最近になって少し違うかもしれない、と思うようになりました。

 

というのは、お見舞に来てくれた頃母は意識も朦朧ぎみだったから、顕在意識と潜在意識の狭間を行き来していただろうし、

 

だとしたらひょっとすると本当の自分、光の存在である自分、スピリットである自分、地球に降りてくるときに「これをするんだ」と決めた自分を思い出した状態で、

 

「お役に立つ」はただ兄弟姉妹の面倒を見る、みたいな物理的なことを言ったのではなくて、今世では人の為にいろいろすることが母の魂のやるべきことで、それが母の学びでもあって、そのことを聞いていたのかしら、なんてちょっと思ったりしています。

 

私は肉体を脱ぐ直前、何を感じるんだろう。

 

 

 

 

 

Follow me!

コメントを残す