パッヘルベルのカノンを聴いたとき、地球を去る時の感覚に包まれた

朝起きがけは、まだ頭が働いていないせいか、いつも色んなイメージや映像や文字、感覚、メッセージ的なもの、、が浮かんできます。

 

少し前のある日、目覚めてボーッとしながら、「パッヘルベルのカノンが聴きたいな」とふと思って、身体は横になったままYouTubeで半分ウツラウツラしつつ聴いていたら、ある場面がとても鮮明に現れて、私自身、いつものベッドで寝ているのも感じながら、同時にその場面を体験していて感情までまるで今そこにいるかのような感覚に包まれました。

 

後から思えば、次元を行ったり来たりしていたのかな。

 

何日か後も気になって「パッヘルベルのカノン」をベッドに横になりながら(その時は就寝時だったかな)聴いてみたら、やはり同じ場面、体感覚、感情までがさらにリアルに感じられたので、忘れないようにすぐに書き留めたのが、これ。

 

舞台かなにかのセリフみたいで恥ずかしいのですが、備忘録にもなるので公開してみます。

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カノンの旋律が耳に入ってきてすぐに、ふわーっと意識が別のところに移動して、私自身が吸い込まれた感じになりました。

 

気付くと私は地球を見下ろすように宙を飛んでいて、まわりにはぼんやりとですが、2,3人の人(というか存在というか魂というか、、)が一緒にいて、

 

「あの時もこうして一緒にいたよね!」

 

なんて話をしながら、上に向かってスーッと上がって行くところでした。

 

(話をしながら、と言っても、言葉としても会話というよりも感じ合うというのが近いかな?)

(↑そして「あの時」というのはこの地球に降りてくる時のこと。
以前、並木良和さんのWSで「地球に降りてくる瞬間に戻るワーク」をしたときに見えた(感じた)、「一緒に青緑に輝く地球を見下ろしながらワクワクしていた時のこと」で、
地球を見下ろした時の感覚や映像はやたら鮮明で、そのときまわりにいたのは人の形はしていないのに、あの人だ!と誰なのかわかる、とても感動した瞬間でした!)

 

 

上に上がりながらも時々下を見降ろすと、今までいた地球が少しずつ小さくなっていき、あんなことやこんなこと、死ぬ程傷ついたあの事件まで、人生であった色んな出来事が走馬灯のように駆け巡りました。

 

同時に、辛いこと、苦しいことばっかりでいつも死にたくて、全然楽しくなかったはずの人生が、全て楽しく美しい経験・思い出として変換されていて、じわーーーっと幸せな感覚と共に涙がじゅわーっと流れてきたのです。

 

「辛い辛いって思い込んでたけど、なんやかんや言いつつも、本当は私、すごく楽しかったんだよね! だからちょっと未練もあるけど、でもやっと私の故郷、私の本来いる場所に帰れるんだよね!!

 

バイバイ、地球!私は行くね!私の懐かしい故郷に帰るよ。やっとこの時が来た。ずっとずっと長い間待ってたの。

 

ありがとう、地球。お世話になりました。愛してる。」

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これを書きながらも、また次元が行き来しているのか、あの感覚をリアルに思い出して泣きそうになるという・・

夢なのか現実なのか。

こういった体験、みなさんもありますか?

 

 

 

 

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